佐賀地方裁判所 昭和32年(わ)328号 判決 1960年5月06日
被告人 古賀四郎
明四五・六・一二生 牛乳処理販売業
主文
被告人を罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金四百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、肩書地において牛乳(市乳)の処理販売を業とするものであるが
第一、市乳は、所定都道府県知事の承認を受けた場合のほかは、厚生大臣の定める基準に従い、殺菌後一時間以内に摂氏十度以下に冷却して保存しなければならず、その基準に合わない方法によるものを販売してはならないのにかかわらず、県知事の承認を受けていないのに、昭和三十二年六月十六日から同年九月二十一日までの間、引き続き、一日平均約三斗の市乳を、右基準に合つた冷却をしないで、これを保存、販売し
第二、昭和三十二年八月十九日、佐賀県知事から、同年同月十七日付をもつて、食品衛生法第七条違反の理由で、同法第二十二条により、同月二十日から同月二十九日までの間、乳処理営業の停止を命ぜられたのにかかわらず、右営業停止期間中、引き続き、右知事の処分に違反して営業を行つた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人らの主張に対する判断)
弁護人及び被告人は、判示第一の点について、遠距離の酪農家から集荷した生乳を大量に処理する大企業の場合には、省令に定める冷却をして保存すべきであろうが、これは処理すべき生乳が鮮度の落ちたものであり、しかも殺菌後需要者に配達されるまでに長時間を要するからであつて、被告人の場合は右と事情を異にし、自家飼育の乳牛から搾取した新鮮な生乳を直接殺菌し、これを直ちに近在の需要者宅に配達して販売しているのであるから、殺菌終了から配達するまでに「保存」しておくような余地がないし、新鮮なしかも直ちに配達できる牛乳を、わざわざ時間をかけこれを汚染してまで、省令にいうような摂氏十度以下に冷却する必要はない。従つて本件被告人が殺菌した後冷却しないで牛乳を配達販売したことは何ら食品衛生法に違反するものではないと主張するので、この点について考察する。
元来食品衛生法は、その第一条に明記してあるように、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とするものであるが食品のうちでも、直接飲用に供する目的で販売される牛乳(市乳)は、その利用度が非常に高く、しかも、それが別して腐敗しやすく、又栄養成分が変質しやすいものであるのみならず、乳幼児や病弱者等にとつて重要な栄養源として利用されることの多い特殊食品であるから、その品質如何によつては公衆衛生上の危害の発生するおそれが極めて大であるため、かかる牛乳等に基因する事故を防止し、完全な公衆衛生を確保する目的で、同法第七条第一項に基き「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」が定められているのである。右省令(昭和三十三年厚生省令第十七号による改正前の本件当時のもの)の第三条の別紙によれば、市乳については、その二の(二)の(1)の2に製造の方法の基準として「摂氏六十二度から摂氏六十五度までの間で三十分間加熱殺菌するか、又は摂氏七十五度以上で十五分間加熱殺菌すること。但し、圧を加え短時間で加熱殺菌する方法によろうとするときは、乳処理場所在地の都道府県知事(現行省令では厚生大臣)の承認を受けてこれによることができる」と定め、同じく3に保存の方法の基準として「殺菌後一時間以内に(現行省令ではただちに)摂氏十度以下に冷却して保存すること。但し、乳処理場所在地又は販売地の都道府県知事の承認を受けたときは、この限りでない」と定め、その三乳等の製造又は保存の方法に関するその他の基準の部に、(7)として「乳等を運搬する車輛又は運搬具には、必要に応じて覆をつけ、又は冷却設備をする等の措置により、乳等が汚染され、又は基準温度をこえないようにすること」と定められているのであつて、これを総合すると右省令の趣旨は、市乳の製造にあたつては必ず前記の方法で加熱殺菌すること、その殺菌後は一時間以内に摂氏十度以下に冷却すること、その保存にあたつては、運搬中を含み、摂氏十度以下に保つことの諸点を確保することによつて、腐敗菌等の増繁殖や栄養成分の変質を防止し、消費者に安全度の高い市乳を供給せしめ、もつて衛生危害を除却しようとするものであると考えられる。かかる観点からすれば、右「保存の方法の基準」に定められている内容は、(イ)製造基準による加熱殺菌後一時間以内に摂氏十度以下に冷却すること、及び、(ロ)この温度以下で保存することの二点であり且つ、右「保存」とは、加熱殺菌直後から消費者又はこれに準ずる者に引き渡されるまで、即ち市乳処理業者の事実上の管理の下におかれている間の行為をいうものと解すべきである。けだし、新鮮な牛乳をできるだけ早く消費者の手に渡すことは勿論望ましいことではあるけれども、一方、配達まで及び配達後消費者が飲用するまでの間に(配達を受けると同時に飲用しない消費者はむしろ多いであろう)、腐敗菌等の増殖や栄養成分の変質を防止するために、乳処理業者をして、加熱殺菌後、すみやかに冷却することによつて、腐敗等の点で最も危険な温度とされている摂氏四十度ないし三十七度附近を極めて短時間のうちに通過させて摂氏十度以下の状態に置かせ、この温度以下に保たれているため、配達後もそのままでは摂氏三十七度の状態になることのない牛乳を消費者に配達させることが、適切且つ必要な措置と考えられるからである。従つてまた、右省令の保存の方法の基準は、処理すべき生乳の鮮度の高低の如何、又は殺菌後消費者に配達されるまでの時間の多少の如何にかかわらず、厳格に遵守されねばならないものといわねばならない。
叙上のとおりであるから、被告人におけるように、当朝又は前晩搾取した生乳を加熱殺菌し、その後数時間のうちにその全部が消費者の手元に配達することが可能な場合であつても、県知事の例外の承認がない以上、前記省令に定められた冷却及びその温度の維持(保存)をなすべきであつて、殺菌後直ちに配達できるから冷却の必要がないということは到底できないのである。よつて右弁護人及び被告人の主張は採用できない。
(法令の適用)
判示第一の所為につき
食品衛生法第三十条の二第一項、第七条、昭和二十六年厚生省令第五十二号「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(昭和三十三年厚生省令第十七号による改正前のもの)第三条、別表の二乳等の成分規格並びに製造及び保存の方法の基準の部(二)市乳、特別牛乳及び殺菌山羊乳の成分規格並びに製造及び保存の方法の基準の款(1)市乳の3保存の方法の基準、罰金等臨時措置法第二条(罰金刑選択)
判示第二の所為につき
食品衛生法第三十一条第三号、第二十二条(第七条第二項)、罰金等臨時措置法第二条(罰金刑選択)
併合罪及び罰金の合算につき
刑法第四十五条前段、第四十八条第二項
労役場留置につき
刑法第十八条
訴訟費用の負担につき
刑事訴訟法第百八十一条第一項本文
(裁判官 野間礼二)